大学教員になるまでのはなし
塾長:今回はインタビューの依頼を受けて下さってありがとうございます。A氏のご経歴を簡単にご紹介させていただきます。A氏は大学を卒業後、臨床で8年間看護師をされ、その間に修士課程をご卒業されました。B大学の成人領域で助教をしながら博士号を取得され、現在同大学で准教授として勤務され、日々後進育成にご尽力されています。本日はよろしくお願いします。
A氏:よろしくお願いします。
塾長:それではまず初めに、先生が大学教員を目指されたきっかけを教えてください。
A氏:私の場合、完全に自分の性格というか、極めたい願望ですね。昔から、こういう人間でした。何かを始めたら極めたくなるというか、突き詰めたくなるんですね。だから、看護師を始めたら看護師を極めたくなって、そのためには大学院に行くべきだろうと。大学院に通ったら、今度は成人看護学を極めたくなって、それなら教授になるしかないだろうって。そんな感じですね。
塾長:なるほど、それはすごく研究者向きな性格ですね。大学教員になるまでの苦労話みたいなものはありますか?
A氏:当たり前ですが、大学院に通うにはお金がかかります。そしてそれとは反対に、大学院に通うには仕事をセーブする必要があるわけです。つまり、出ていくものは増えるのに入ってくるものは減る。単純に生活が苦しかったですね。
塾長:確かに、看護師が大学院を目指す際に一番足かせになる要素ですね。先生はそれをどのように乗り切ったんですか?
A氏:勤務していた病院の協力を得て、シフトに融通を付けてもらって働きました。あとは大学の奨学金が受けられたのと、授業料の減免が受けられたのと。使えるものは使う精神でした。
塾長:これから大学院進学を考えている方にはとても大切な考えだと思います。大学院での学業や研究などはいかがでしたか?
A氏:私は勉強や研究がやりたいことだったので、すごく楽しかったです。勉強したくて大学院に来るわけじゃなくて、専門とか認定とか、将来のキャリアのために来ている同期は辛そうでしたけどね。講義やゼミの準備は、一つの授業に対して準備が2~3時間、授業後の課題作成が2~3時間かかりますよね。週に8個くらい講義があるので、毎日8時間くらいは勉強に充てる時間が必要でした。それで働いたり、家事をしたりするわけで、それは大変ですよ。それ相応のモチベーションがないと続きません。がむしゃらに1年半は授業を受け続けて、1年半で研究を完成させて、という感じで、気が付いたら卒業していました。
塾長:大学院を楽しめるかどうか、というのがポイントですね。大学教員になるために行ったことはありますか?
A氏:正直、この世界はコネが大切です。通っている大学院に教員として採用されるか、そうでなければ卒業生が多く在籍している大学に採用されるか。公募に応募することももちろんできますけど、何しろ修士を卒業しただけでは実績がないわけです。研究とか、授業の実績ですね。そうなると、教員経験のあるライバルたちに勝てる要素がない。だからコネは大事。
塾長:なるほど。
A氏:ただね、逆に言えば修士に通いながら研究や授業の実績を作っちゃうのも手ですよね。査読付き論文をたくさん書くとか、教授のお手伝いで授業やゼミの一部を担当させてもらうとか。長期履修制度があれば最大で4年通えるんですから、実績を準備することは可能です。
塾長:そうですね。先生は教員採用の試験はどのような形でしたか?
A氏:私の場合は、書類審査ですね。履歴書と実績報告書、決意表明の紙を書いて出しました。書類審査の後は面接と、模擬授業がありましたが、もうすでに内々定はもらえていました。博士課程も通いたいことを伝えていて、そこも含めてOKしてもらえましたね。
博士課程と大学教員のはなし
塾長:先生は大学教員をしながら博士課程を修められていますが、どのような生活でしたか?
A氏:教員一年目で博士課程一年目でしたから、それは大変でしたね。正直、初めの二年間は博士課程の勉強はないがしろだったかな。それほど、大学教員は忙しいんです。
塾長:大学の先生はどのような仕事をしているんですか?
A氏:大学の先生、といっても教授・准教授・講師・助教・助手と様々いて、仕事も違います。助教の時でいえば、まず先輩の先生方の授業見学と授業補助ですかね。グループワークの際にグループを見て回って助言をしたり、授業の資料を作る手伝いをしたり。大学運営も助教が主体ですね、オープンキャンパスの企画や司会、挨拶してもらう先生方への連絡調整とか。学部生の研究発表会のような、大型の企画でも調整役です。そうこうしているうちに授業を受け持たせてもらえるようになって、そのための資料やスライドの準備。テストの時期が来るので作問や丸付け、成績管理。実習先と打ち合わせを重ねて、いざ始まれば指導係の方と密に打ち合わせしたり生徒の提出物を見たり。教員会議、大学院生とのゼミ参加。大学への提出物は毎日あるので、腱鞘炎になりそうになります。
塾長:なるほど、膨大に仕事があるんですね。三年目には博士課程の勉強を開始されたんですか?
A氏:長期履修を使って、元々6年計画で卒業する予定でしたので、三年目の秋頃から研究計画を立て始めました。様々な審査会や倫理委員会を通すのに1年、研究期間が半年、論文を書いて投稿して、最後の博士論文審査会を受けて、に1年半くらいでしょうか。
塾長:長期履修をしてもかなり忙しい印象ですね。その間の仕事の状況はどのような感じですか?
A氏:大学運営などには慣れていましたし、授業準備は使いまわせますので、実習期間以外は割と楽ですね。実習期間って、学生は2週間の実習でも、2~3グループに時期を分けてするじゃないですか。だから、教員は単純に6週間拘束されるんですね。しかも、実習前の打ち合わせとか、実習後の成績管理とか、その周辺の時期も忙しい。だから、とてもじゃないですけど学業は優先できません。仕事に余裕ができた時期に、大学院のことをするってイメージですね。
現在のはなし【研究について】
塾長:先生は現在、どのようなテーマがご専門ですか?
A氏:私のテーマのキーワードを少しぼかして言うと、「急性期患者」「せん妄」ですね。
塾長:先生が研究を始めるとき、どのように研究テーマを決めるんですか?
A氏:学生や大学院生には、「日頃から疑問に思うことをメモしておいて、研究テーマにしなさい。」って言いますけど、教員は違うんじゃないかな。きっと、皆さん言われますよね、「普段の臨床疑問をテーマにしろ」って。でも、教員はすでに長年研究しているテーマを持っていて、それに関する論文も1000本以上読んでいるわけです。そうなると、「わかっていること」と「わかっていないこと」が明確なんです。「わかっていないこと」をリストアップしたら100個なんてものじゃない。だから、テーマに困ることがないですね。
塾長:それはわかる気がします。先生はどのようにして論文を集めているんですか?
A氏:最新の研究はジャーナルからメールが来るようにしています。あとは一つの論文を読んで、その引用文献の中から気になるものをメモしておいて、次にその論文を読んで、引用文献をメモして…というようなことをしていたら、あっという間に読んだ論文の数は膨らんでいきます。
塾長:そうして蓄積した知識をもとに、研究を組み立てていくわけですね。
A氏:そうですね。研究を組み立てるときに一番大切なのはまさに「巨人の肩に乗る」です。先行研究を読んで、わかっていないことや不足していることを補うような研究を立案することも多いです。そうすると、先行研究の研究方法をある程度真似して、プラスαで立案する。あと大切なのは、いい結果が出ないことを常に準備すること。予めどのような結果が出ても考察が書けるように考えておかなければ研究が終わって論文化できなくなってしまいます。私はこの失敗を何度も繰り返して、ボツになった研究が数多くあります笑。
塾長:それはすごく大切なことですね。あと、気を付けていることはありますか?
A氏:ありきたりですけど、首尾一貫性ですかね。論文を「はじめに」から「考察」まで順番に書いていくと、下記進めていくうちに「目的」とどんどん離れていってしまうことって多いと思います。なので、常に「考察」が「目的」のアンサーになっているかをチェックしています。あと研究意義も大切ですね。よく「せん妄の実態を明らかにすることを目的とした」みたいな論文がありますけど、それだとただの調査であって研究ではないんです。研究はその先、つまり「せん妄の実態が明らかになることでどのように看護・患者の役に立つのか」が大切でしょ。それを明記して、そこからずれていかないことを意識していますね。
塾長:「調査」と「研究」ですか。本当にその通りですね。
将来のはなし
塾長:先生はこの後の展望としてどのようなことをお考えですか?
A氏:後進育成はすごくやりがいがありますね。教え方ひとつで生徒の反応も変わってくるし、面白いです。あとはせん妄のスペシャリストになることでしょうか、もちろん目指すは教授、ですけど笑。
塾長:なるほど、そのために現在取り組んでいることはありますか?
A氏:さきほど授業準備は使いまわしだといいましたが、私の場合は毎年見直しをして、修正して、を繰り返しています。きっと、「教育」に「唯一の正解」はないんでしょうけど、「教育の質」には高低あるでしょう。私の性格上、質が低いのは嫌なんで笑。研究の方は、とにかくやるしかないですね。教員になると研究をしなくなる人も多いんですよ、でも立ち止まってはいけないと思う。私たちは結局看護師で、患者のために働くのが仕事ですからね。教育も研究も、めぐりめぐって患者の役に立つことをイメージしています。
塾長:キャリアアップも、もちろん自分のためというのはありますが、最終ゴールには患者さんがいるべきですよね。本日は貴重なお話をたくさんしていただき、本当にありがとうございました。最後に先生から、何か一言をいただけますか。
A氏:「看護師」という仕事の多様性は本当に驚かされます。教職もそうですが、臨床も、保育も、養護も、保健も、行政や営業だってある。今回の私の話が聞いてくださった方のキャリアにどのように影響するのかはわかりませんが、看護師を辞めたくなった時は、一旦他の「看護職」を見てみるのもいいんじゃないでしょうか。その先にもし大学教員が見えた方は、ぜひ一緒に働きましょう。お待ちしています。
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